2018年04月01日

牧師プロフィール

主任牧師 辻川 篤(つじかわ・あつし)
1958年に奈良で生まれる。静岡大学(人文学部)で学び、地方紙新聞社に就職。キリスト教ラジオ放送局FEBCに転職した後、40歳の時に献身。2002年に東京神学大学大学院博士課程前期課程を卒業、現在の日本基督教団相模原教会牧師に至る。関西弁。娘2人。


協力牧師 伊藤 忠彦(いとう・ただひこ)
日本基督教団牧師

元 相模原教会主任牧師
元 和泉短期大学学長



協力牧師 西田 恵一郎(にしだ・けいいちろう)
1956年生まれ。ライフ神学大学実践神学部卒業後、アズサ・パシフィック大学心理学部編入 同大学院にて宗教哲学部現代ミニストリー学科病院付チャプレン専攻修了。帰国。天山病院・松山赤十字病院カウンセラー、教会牧師を経て 東京神学大学神学部に学ぶ。横浜女学院、青山学院中等部に宗教主任としてそれぞれ10年勤務。その間に コロラド神学大学にて臨床牧会カウンセリング哲学博士号取得。現在、和泉短期大学児童福祉学科チャプレン・教授。日本基督教団教務教師。


posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 00:00| 牧師プロフィール

2016年03月06日

最近の一言

◇高校の友人から毎年年賀状が届く。昔は、「家を建てた」とか「子供が我が母校に入学」という一言があった。それは人生を辿る一言だと思う。さて、先日受け取った年賀状に「俺も二年後に定年」と。エッと思った。定年ってずっと先で、お爺さんになってからと思っていたから(牧師に定年は無いのだが)、「ボクはもう爺さん?」とうろたえた。年齢は、頭の中と現実とでずれていて、外側から急に気付かされるのかも知れない。

 だからこそ有り難いのは、神様が「生まれた時から負われ、胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで背負って行こう」と言って下さっているのを知っていること。神様が、私自身よりもちゃんと私を見ていて下さると分かっていることかも。

◇ウィリアム・ウィリモン著『翼をもつ言葉‐説教をめぐるバルトとの対話』に感銘を受けて、思った。「私はいつも説教の事を考えていて、苦悩しつつ取り組んでいるのかも」と。教会の要と思うから。
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 18:27| 牧師プロフィール

2015年07月21日

最近の一言

◇客員を含めて約三百人の兄姉に誕生日と祈祷会の葉書を書き、折々の手紙も書かせてもらっている私は、毎日切手を貼っている。切手貼りの文具は大事な道具だ。

 以前は、スポンジに水を含ませる物を使っていたが、切手に水が付き過ぎたり逆に付かなかったり。良いものがないかと探していて、見つけた。郵便局の切手貼り器だ。容器にローラーが付いていて、クルクル回すと水が付く。そこに切手を乗せると、丁度良く湿るのだ。さすがは郵便局。ネットですぐに購入した。その道の専門って、やっぱりすごいなと思った。

 そして思う、「本物の福音を知るキリスト者は、その良さをちゃんと伝えられているのかな」と。教会こそが、その専門なのだから。

◇最近の一押し。イェルク・イェレミアス著『なぜ神は悔いるのか―旧約的神観の深層』。絶対者で間違いなどされない神が、御自分の決定を悔いて変更されたのは何故か。神の「何としても救いたい」との御心に触れた感動の一冊だ。
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 11:51| 牧師プロフィール

2014年09月20日

最近の一言

◇30歳の時に、我が家にシェットランド・シープドッグの赤ちゃんがやって来た。家族の誰よりもつぶらな瞳。どんな時でもこの子だけは「あなたが好き」と、ウルっとした眼で見つめてくれた。愛犬がいるのは良いものだ、いつも笑いと慰めを与えてくれた。

 でもその日から、家を空けて旅館に泊まるという外泊ができなくなった。数年前、愛犬シェルティーが老衰で死んだ時、温泉旅行を手に入れたけれど、もうあの子からもらえる慰めは手元にない。いま振り返ると、何かを得ることと、何かを捨てることは、引き換えのように起こるのかも、と思う。

 アっ、私は、全てを失った方を知っている。命も神の身分さえも捨てた方を。それは、全ての人を得るためにだったと改めて思った。

◇町で白ゆり幼稚園の園バスを見かけると、なぜかちょっとワクワク嬉しくなる。誰彼なく傍の人に、「あれは、ウチの幼稚園なんですよ」と自慢したくなる。白ゆりを誇りに思っている自分がいる。
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 07:47| 牧師プロフィール

2014年04月26日

最近の一言

◇クリスマスと言えばプレゼント交換。それは、私の小さい頃からの記憶で定位置にある。御父から救い主という贈り物を受け取った降誕日に、私たちも御父をまねて隣人に贈る喜びに参与するのだ。

 そういう大事なプレゼント交換の意味を改めて考えて、三年前から手作り品を用意して来た。贈ることに気持ちを乗せようと、「手のひらサイズのぬいぐるみ」作った。タッセル君(カーテン留め)、引っ付きネコ、ペンホールドねこ。

 しかし、用意したのはいいのだが、毎回交換の時は心臓のドキドキが止まらない。「なんじゃこりゃ、ぬいぐるみなんか」という男性・オジサン系に渡るなよーって思うから。プレゼント交換の時にみんなで歌う「いざうたえ♪」を歌いながら必死に祈っている、「お姉さん系に渡ってくれ」って。一年中で一番焦って祈っている瞬間かも。

◇念願のエレベーターよ!二階ホールまで年長兄姉を連れて来い、三階に軽々と連れてこい。楽しい時を一緒に過ごしたいから、それが教会の念願だから。完成感謝!
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 10:16| 牧師プロフィール

2013年03月10日

最近の一言

◇「あの本、どこに置いたっけ?」と思って、隣室の書棚を捜し回ったあげく、見つけたのは机上の本立ての中だった。その時ふと気付く、「だんだん、確実に近づいているぞ」と。何が? それは「あれ、どこに置いたっけ」と探される小物たちと、私との距離だ。

 青年の頃は、無くし物と言えば押入れ深くに捜しまわったものだが、最近は手の届く範囲で、小物たちは置き忘れられている。そのうち、メガネを掛けながら「ボクのメガネ知らない?」とか言うんだろうか…。そのうちご飯を食べたあとに「ご飯はまだなの」と言うのだろうなぁ。その日が来ても、優しく接して欲しいな。

◇本の捜し物をしているとき、書棚の隅に、七歳の堅信礼の時にもらった記念聖書を見つけて、久しぶりに手に取った。古い紙のにおい。そんなに古いのに、中身は今の聖書と全く変わらない、現役だ。小さな言葉の一画もすたれず、生き生きとしている。神の言葉の素晴らしさよ。
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 20:25| 牧師プロフィール