2013年03月31日

『日々の聖句』 2013年3月

相模原教会カレンダー3月
『日々の聖句』み言葉のパンで生きる365日


●その日のために選ばれたみ言葉が記されています。今年は旧約聖書編です。み言葉に導かれ、励まされながら365日を過ごしてゆきたいと願っています。日々のみ言葉が、生活をさらに豊かにしてくれるでしょう。(聖句の後に記された短い文は、牧師の黙想と祈りです)

●1. 金 pm2:00信仰の書を読む会

主はわたしの味方、わたしは誰を恐れよう。人間がわたしに何をなしえよう。            (詩118・6)

(神であられる方が、私の陣営に立っておられるのに、それを忘れて私は何をおびえていたのか。敵ばっかり気にして)


●2. 土

知らずに犯した過ち、隠れた罪から、どうかわたしを清めてください。                 (詩19・13)

(罪なんて全部隠したいのに。詩人は「知らずに犯した罪」まで数え上げた。全部清められると、本気で信じていたから)

●3. 日(第1主日)説教・伊藤忠彦牧師
聖餐式
礼拝後・へルモン会、ぶどうの会定例会


●4. 月

どうか、あなたのお住まいである天にいまして耳を傾け、聞き届けて、罪を赦してください。  (王上8・30)

(賢者ソロモンの願いは自分の安泰でも知恵が増すことでもなかった。「しもべの祈りを聞いてほしい」、これのみに生きる)


●5. 火

主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔てる。          (イザ59・1-2)

(主の救いの御手を、私が振り払っていたとは。悲しき愚かさ)


●6. 水 pm7:00 聖書の学びと祈祷会

塵の中に住まう者よ、目を覚ませ、喜び歌え。あなたの送られる露は光りの露。           (イザ26・19)

(絶望で終わるではない。失望が最後に来るのでもない。神の恵みが、露の降りるがごとくやって来る。喜びが最終幕だ)

●7. 木 pm7:00受洗準備会

わたしが、あなたたちを捕囚として送った町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。  (エレ29・7)

(自分を苦しめる敵の平安を求めるなんて、無理。でもその場に立つことがご計画だったのなら、そこが祈りの場となる)

●8. 金 pm2:00信仰の書を読む会

わたしたちはあなたに罪を犯しました。わたしたちの神を捨て、バアルに仕えました。       (士10・10)

(「バアル」というところに、自分の名前を入れてみたら、神に罪を犯すことが何なのか、具体的に分かった。私も罪人と。)


●9. 土
pm2:00 解説付きコンサート
「オルガンの音色とともに辿る音楽の旅」

わたしは、あなたが僕に示してくださったすべての慈しみとまことを受けるに足りない者です。   (創32・11)

(神の恵は少ないよと、不満に思っていたのが恥ずかしい。器である私自身が小さ過ぎて、あんまり入らなかったのだから)


●10. 日(第2主日)説教・辻川篤牧師
pm1:30 全組合同組会(礼拝送迎タクシー)
組会後・組長会


●11. 月 2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が起こってから2年が経ちました。
11246祈祷日です(それぞれの場所でお祈り下さい)

「わたしは、主の御命令とあなたの言葉に背いて罪を犯しました。兵士を恐れ、彼の声に聞き従ってしまいました。」            (サム上15・24)

(御言葉を後手にして、人の常識で動く時、私も神の反逆者)


●12. 火

「あなたたちはわたしが命じる言葉に何一つ加えることも、減らすこともしてはならない。」       (申4・2)

(しまった!御言葉に、「もしも出来たらします」と加えていた。「そっちはいずれまた」と減らしてた。神の目は、図星だ)


●13. 水  pm7:00 聖書の学びと祈祷会(担当・神学生)

主はモーセの願いどおりにされた。      (出8・9)

(モーセが主の願いどおりにしたのじゃない。これじゃ逆じゃないか?と聖書を開いたら。神とモーセとの親密な交流が縷々書かれていた。信仰の豊かさは、相思相愛で双方向だ)


●14. 木  pm7:00受洗準備会

恵みのとき、定められたときが来ました。 (詩102・14)

(この詩人は、助けを求めるべき状況でいるはずなのに、「恵みのときが来ましたよね」と言っている。まるで親に無心にせっついて、しがみついている。そんな関係っていいよね)


●15. 金  pm2:00信仰の書を読む会

わたしの魂は恐れおののいています。主よ、いつまでなのでしょう。       (詩6・4)

(苦難の中で「いつまでですか」と私も祈った日がある。その日々に、でも祈りの中で、いつの日か闇を抜けると信じてた)


●16. 土

喜びと楽しみが彼らを迎え、嘆きと悲しみは逃げ去る。 (イザ35・10)

(私から去って欲しいもの、私を迎えて欲しいものがここで言われている。それが可能に秘訣を、礼拝は告げ続けてる)


●17. 日(第3主日)説教・西田恵一郎牧師
礼拝後・21世紀懇談会
懇談会後・定例幹事会


18. 月

あなたは、「自分の手の働きで、この富を築いた」などと考えてはならない。         (申8・17)

(「そうは言っても自分で働いたから」と思う時、傲慢の極みの目をしているんだろうな。どれだけ謙虚な顔をつくっても)


●19. 火

主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」 (創3・9)

(神との約束を破り堕罪した人間を、神が呼ばれる「愛するお前はどこに」と。裏切られたのは、神。悲しみも神が負った)


●20. 水(春分の日) pm7:00 聖書の学びと祈祷会

「わたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。」  (出3・7)

(神は遠くにおられない。私の近くにいる。私の叫びの傍らに)


●21. 木  pm7:00受洗準備会

ロトたちを町外れへ連れ出したとき、主は言われた。「命がけで逃れよ。」     (創19・17)

(罪の町から逃れるロトたち。「罪から逃げるのは命がけのことだ」と主の言葉が響く。「中途半端気分では、滅びるぞ」と)


●22. 金  pm2:00信仰の書を読む会

耳を閉ざさず、この声を聞き、わたしを助け、救い出してください。      (哀3・56)

(「神様ぁ」と名を呼ぶだけの祈りでも、神が耳を開かれたら、もう救いの出発点。なのに、本気で叫んだ事があったかなぁ)


●23. 土

あなたは、自ら降り、わたしを強い者としてくださる。  (詩18・36)

(神の助けは、遠隔操作ではない。まるで“手当て”のように、私の傍に近寄り、じっと居て、御手で支え続けて下さるんだ)


●24. 日(第4主日・棕櫚の主日、受難週)
説教・辻川篤牧師



●25. 月

主よ、あなたはわたしのともし火、主はわたしの闇を照らしてくださる。     (サム下22・29)

(受難週だ。主が十字架へ進まれる。それは闇の奥へと進まれる道。私の罪の闇へと進まれる歩みだ。光を届けるために)


●26. 火

あなたたちの先を進むのは主であり、しんがりを守るのもイスラエルの神。              (イザ52・12)

(前方からの困窮も、背後の責め苦にも、全て盾となって下さる。それが、神。人間の人知を超えたところにある有り難さ)

●27. 水  pm7:00 聖書の学びと祈祷会

天よ聞け、地よ耳を傾けよ、主が語られる。 (イザ1・2)

(天上天下が畏れ敬って神の前にひれ伏す。それなのに私だけボーっと立っておれるはずもない。私も礼拝者とならん)


●28. 木(洗足木曜日)  pm7:00受洗準備会

あなたはいかなる像も造ってはならない。 (出20・4)

(主にだけ注目する者に、偶像は要らない。主イエスにだけ注目したら、そこで神の姿も分かるから。奴隷のように私の足を洗って下さるお姿だと分かるから。今日は洗足の木曜)


●29. 金(受難日)  pm7:00受難日礼拝(消灯の礼拝)(「信仰の書を読む会」はお休み)

主よ、これをあなたの民の心の思い計ることとしてとこしえに御心に留め、民の心を確かにあなたに向かうものとしてください。       (代上29・18)

(「これ」とは、献げ物のこと。献げ物に映る心を、神は見てる)


●30. 土

だれもかれも背き去った。皆ともに、汚れている。善を行い者はいない。ひとりもいない。   (詩14・3)

(詩人の詩が、主のつぶやきのように聞こえる。十字架で死なれ、陰府に降られた暗闇の中でつぶやかれているように)


●31. 日(第5主日・復活祭)イースター
7:00 早天祈祷会
10:30記念礼拝 説教・辻川篤牧師、聖餐式
礼拝後・祝会
祝会後・墓前礼拝
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