2012年09月20日

相模原教会の将来像(夢2012)

兄弟姉妹に心を留めたら、その先に
     −相互牧会から信徒伝道へ


  ボロボロの名簿

 ペンテコステが過ぎると、教会では新しい教会員名簿が配られます。そうやって毎年一回、名簿は新しくなります。最近そのことに気が付きました。今頃ちょっと鈍感かも知れません。でも、今「そうだったのか」と気付いている方もおられるかも知れませんので、仲間は多い気もします…。
「なぜ年毎に更新されるの?」と考えてみたのですが、教会籍の移動が多いからかも知れません。しかしそれよりも、一年も使うとボロボロになるからではないでしょうか。私の名簿は、中は書き込みだらけで白い部分は埋まっています。葉書を書いた日付やコメントやらが書き込まれているからです。だから二年も使えない。皆さんの名簿はいかがですか。

  兄弟姉妹がお互いに

 名簿を開いたら、兄姉の名前がずらっと並んでいます。その名前を見ていたら、礼拝に出て来られなくなっている兄弟のことが、気になって仕方なくなるはずです。病の姉妹のことが、気がかりでたまらなくなるはずなのです。気にして欲しいんです。そこで祈り始めることが起こるのでしょう。だから、会員名簿は、祈りの名簿も同然なのです。そうやってお互いがお互いを、牧会し合うのです。

 「兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。」(テサロニケの信徒への手紙一 第五章十四節)

 私には小さな夢があります。それは、ペンテコステが近づくと教会のあちこちから「早く新しい名簿を出してくれないかなぁ」という声が聞こえることです。「なぜ」と聞いたら、「使い込んでボロボロだから」と。そんな会話が飛び交う教会です。素敵でしょ。

 今年のペンテコステ前に、嬉しいことがありました。ある方々から「作業は大変になるでしょうが、できれば名前にフリガナを付けて欲しい」と申し出があったのです。それは、お互いに声を掛け合うためにです。電話をするためにです。そのために、間違って呼んでしまわないために正しい読み方を知っていたい、ということでした。こんな嬉しい注文はありません。大抵「牧師に注文があります」と聞くと固まってしまうのですが、この注文には心が温かくなりました。

  相互牧会

 初代教会では、信徒がお互いに支え合い、励まし合っていました。使徒言行録を開けば、その様子が出て来ます。でも中世になると、司祭と信徒で、牧会をする側とされる側に分かれてしまったのです。しかしそれが再び、宗教改革で変わります。万人祭司として、教会全体で牧会し合う福音主義教会が誕生したのです。それは、初代教会の姿に立ち帰ったと言えるのかも知れません。神の家族が、お互いに祈り合い、訪ね合うのです。そこには不満だけの「してくれない族」がいない。自分の出来ることを「してあげる族」となることを喜ぶからです。祈り一つにも心を込めて。

  相互牧会から、信徒伝道へ

 そこではきっと、兄弟姉妹の背後におられる家庭の一人ひとりにも心が及ぶはずです。兄姉の願いは、家族の救いだからです。そしてまた、隣人にも心が及ぶはずなのです。主の願いが、その一人ひとりの救いだからです。相互牧会は、信徒伝道へとつながる一本道。相模原教会は、既にその道の上を走り始めていると思います。三百人礼拝に向かって。
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 11:48| 牧師プロフィール