
Rubens, Pieter Pauwel 『Daniel in the Lion’s Den』(1615年)。謀略にかかり獅子の洞窟に投げ込まれたダニエル
苦しみの中で
神谷美恵子さんの著作に『生きがいについて』という書物があります。第5章「生きがいをうばい去るもの」の中では、“生存の根底にあるもの”“運命というもの”“難病にかかること”“愛する者に死なれること”“人生への夢がこわれること”“罪と直面すること”“死と直面すること”といった内容をあげておられます。ひとはそれぞれの人生の中で、行く手を立ちふさぐ壁につきあたり、さまざまな苦しみを経験します。生涯を通して背負わなければならい苦しみもあることでしょう。出口のないトンネルや底なし沼に思える時もあります。人間はそのような苦しみの中で、自分は何のために生きているのだろうか、と問い始めます。苦しみの意味を問うことは、人生の意味を問うことに深くつながっているのです。
この世界には人々の苦しみにあえぐ叫びに満ちています。聖書はそのような人間の悲痛な叫びを無視していません。むしろ、深く受けとめる書物です。
「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのですか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず呻きも言葉も聞いてくださらないのか。」(詩編22編2節)
私たちは、このような嘆きの御言葉に自分自身の唇を合わせて、神に向けて叫ぶことができることを知ります。そのことによって、私たちはすでに真実なる慰めと希望の道を歩き始めています。
苦しみの意味
私たちは人生の苦しみを通して、さまざまな意味を見出すことができます。忍耐力、謙遜、共感する魂を備えられ、自分を支えてくれる家族や友の存在を改めて知る・・・・。しかし、私たちが苦しみを通してあたえられる最大のことは、神との出会いをあたえられることです。
星野富弘さんをご存知の方は多いと思います。彼は体育の先生でしたが、器械体操のクラブの指導で踏み切り板でのジャンプのし方を実演していた時、宙返りに失敗して頭から落ち、首の骨を折って首から下は全く動かなくなったのです。しかしそれから訓練によって口で筆をくわえ、絵や詩を書くようになりました。星野富弘さんは旧約聖書の詩編119編70〜71節(新改訳)に聞きつつ歌います。
「わたしは あなたのみおしえを 喜んでいます。
苦しみに会ったことは わたしにとって しあわせでした。」
驚くべき詩です。首から下は動かなくなったという苦しみに意味を見出し、そこに喜びさえ見出しているのです。聖書の信仰は、ひとに苦しみの意味を教え、積極的な人生へと導くのです。
このようにして、苦しみの中でこそ多くの人々が信仰に導かれるのは、聖書の指し示す神の慰めと希望は何ものにも揺るがないものであるからです。ですから、「生きがいをうばい去るもの」に直面しても、私たちは絶望する必要はないのです。

キリスト教はご利益宗教ではありません。洗礼を受ければ、苦しみがなくなるというわけでもありません。信仰生活の中にも苦しみの問題があります。神を信じる者がどうして不当な苦しみにあわなければならないのか、と問わざるを得ない現実があります。しかし、私たちは苦しみの中でこそ、救い主イエス・キリストが十字架の苦しみの意味がわかるようにもなります。先ほどの詩編22編2節は、主イエスが十字架で叫ばれた御言葉でもあります。私たちのすべてがキリストの苦しみに担われていることを知るならば、そこに神の愛を深く悟らされ、神との出会いは深められてゆくことになるのです。
神からの試練として
使徒パウロが語った言葉があります。
「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(コリントの信徒への手紙一10章13節)
これも慰めに満ちた御言葉です。神はひとの耐える力をご存知であられるというのです。しかし、試練の中で備えられる「逃れる道」とは何でしょうか。それは神を真実な方として信じ続ける道のことです。
すなわちどんな試練にも人間が歩んでいけるために主によって備えられている道なのです。“試練”という漢字は、かつては“試錬”と書きました。錬金術で用いられる漢字です。純金は高温で激しく焼かれることによって、不純物が取り除かれ、残されるものです。同じように、私たちは神からの試練を通して、人間としてなくてはならないことが何であるかを示されるのです。それは神が真実な方であることを信じる道です。誰もが人生の苦しみを神からの試練と受けとめて生きる信仰に招かれています。
(発行) 日本基督教団 福音主義教会連合 [転載不許可]
(編集) 伝道研究委員会
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