2020年03月22日

説教 「主よ、ごもっともです。しかし」

2020年3月3月22日の礼拝
相模原教会牧師 辻川篤
マタイによる福音書15章21〜28節
15:21 イエスはそこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。
15:22 すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。
15:23 しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」
15:24 イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。
15:25 しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。
15:26 イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、
15:27 女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」
15:28 そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。

 私どもは、どんなに祈っても、神様が聞いて下さっているのか分からないということを経験しませんか。ここに書き留められている出来事も、この女がイエス様に、御百度を踏むように願い続けたから幸いを得たというような事ではないのです。イエス様が、ユダヤ人と異邦人との間に引かれた境界線は、厳然として残っているのです。そして女に向かって、「私には、分かろうともしないユダヤの民がいる。それでも、そっちが先なんだ。お前は、受け取る資格も無いんだよ。それは分かっているだろ」と言われたのです。

 その言葉を女が聞いた時に、であったのです。彼女は「なんて冷たい方」、とは言わなかったのです。まるで「真にそうだった」と気付い直したように、主イエスの言葉に応答したのです、「主よ、ごもっともです」と。「主よ、私は、あなたが引かれた境界線の外にいる者。そんな私が今更、苦しみがあるから、憐れんで欲しいと今更すり寄るなんて。そうです。私は、あなたに相応しくない罪人でした」という、懺悔でもあった。今までは、願い倒そうと、熱心さに燃えていたでしょう。でも彼女は、自分自身を真実に悟って、その場にうずくまったのです。そしてです、主イエスもであります、この女の「ごもっともです」という一言を聞かれた時にでした。驚くべきことに、御子なる神が、異邦人のとの間にあった境界線を、踏み越えられたのです。恵みを渡さないと引かれた一線を、主イエスの方から乗り越えられたのです。

 私どもは本当は、神の恵みの境界線の外に立たされていた者たちです。でもそれを悔いて「主よ、ごもっともです」と言えたなら、イエス様はその私どもに告げて下さるのです、「私があなたの側に、境界線を踏み越えて入った。あなたの側に立つため。あなたの身代わりなるため、それが十字架という場所だよ。そこで、私があなたの身代わりに命を捨てる。もう、神の恵みは、あなたに届くから」と。
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