2018年10月28日

説教 『あなたによって祝福に入る』

2018年10月28日の礼拝
相模原教会牧師 辻川篤
創世記12章1〜4節
主はアブラムに言われた。
「あなたは生まれ故郷
父の家を離れて
わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし
あなたを祝福し、あなたの名を高める
祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し
あなたを呪う者をわたしは呪う。
地上の氏族はすべて
あなたによって祝福に入る。」
アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。


 アブラムは神様から「あなたが祝福の源になる。地上のすべての人があなたによって祝福に入る」と聞いた時、「自分は相応しくない」と思わなかったのでしょうか。彼はこの後、神様を信じることにも不甲斐ない姿をさらすのにです。

 確かに神様と関わらなくても、人の模範になるような博愛に生きておられる方はたくさんおられます。でもなんです。神を知らないけど立派な博愛の方と、失敗ばかりのアブラムと決定的に違うことがある。それは、アブラムは全てのことを、将来までも一切神様に委ねたということです。その1点なんです。自分の持っている才能とか技術とか経験とかを、自分がコントロールして、ここに用いようとか、この人に役立てようかと考えて動くのは、この世の生き方です。でも神様と出会ったら、全ての配分を決めるのも、行き先を決めるのも、神に譲るということ、神に明け渡すしかありません。そしてそのように、神様に自分の全てを渡してしまった人、それがアブラムであったのです。その神の御手の中でアブラムは自分らしく歩んだのです。それは、失敗することにおいてもです。自分らしく歩いて、だから自分の弱さも出て失敗してしまう。でも、それらも全て神様に委ねて歩いたのです。失敗のどん底で、彼は神様に顔を上げ続けたのです。

 そして神様は、そうやって神に委ねるしかない者に、「そういう君によって、すべての隣人は祝福に入れられるのだよ」と、ご自分の祝福を届けさせることを託されたのです。罪人丸出しのあなたなのに、そのあなたと神様が一緒に歩んで下さるゆえに、行く先が満されていく。そんなあなたの信仰生活を隣人が見たらです。そこでのみ隣人に伝わることがある、「神は生きておられる、罪人と共にいて下さる」ということです。そこで隣人にも神の祝福が届くのです。隣人にも、神を生きたお方として見上げることが始まるからです。
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