2017年11月12日

説教(幼児祝福式が行われる礼拝で) 『この子は生涯、主にゆだねられた者』

2017年11月12日の礼拝
相模原教会牧師 辻川篤

サムエル記上 1章26〜28節
ハンナは言った。「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」彼らはそこで主を礼拝した。


 この聖書個所に、ハンナというお母さんが登場します。その子どもは、名前がサムエル君。まだ歳は3歳なんです。その子を、母さんハンナは教会に連れて来て、「この子は生涯、主にゆだねられた者(つまり、この子はずっと、神様におまかせします)」って言ったのです。どうしてだろうって思います。ひょっとしたらお母さんは神様に会ったことがあって、だから「神様が一番安心」って分かって、だから「神様にお任せしよう」と言ったのかも知れませんよね。そうすると、「どこで神様に会っていたのだろうか」と思いませんか。

 ハンナには、ずっと願っていたことがありました。「赤ちゃんを授けてほしい」ということです。そしてそれを彼女は、神様に「これがあれば他に何にも要らないというほど私の一番して欲しいことは、赤ちゃんを授けてほしいのです」と祈っていたのです。それを神様が、「よし、分かったよ。そうしてあげよう」と叶えて下さってサムエルが生まれた。その時にハンナは、「神様が私の願いに、分かったよと応えて下さった。神様は本当に、私の必死の願いを聞いてもらえた」と知ったのです。誰でも、自分の願っていることをちゃんと聞いて受け取ってくれたら、「ああ、自分は大事にされている」と分かるよね。自分の事をちゃんと見ていてくれるんだと、分かるよね。そのようにハンナは、サムエルを与えられた時に、「私は、神様に大切にされている」って分かったのです。その時なのです、ハンナは「神様は私の願いに関わって下さった。あなたは生きておられます、私はそのあなたを信じていきます」と確信出来たのです。そのゆえに「あなたを信じたら安心。それが一番安心。だからこの子をあなたにお任せします」と言えたのだと思うのです。

 このハンナが言った「わたしが願った」(27節)という「願った」という言葉と、「主にゆだねられた」(28節)という「ゆだねられた、おまかせした」という言葉は、聖書の言語では同じ単語です。つまり、願うこととゆだねることは、深く結びついているのです。それも、神様が関わって下さる事柄の中で、これはとても大切な結びつきなのです。

 お母さんハンナは、サムエル君を神様にゆだねました。それは、生涯神様からの恵みをいただく人生に入れたということです。今日、私たちも礼拝の中で幼児祝福式を行います。それは、みんなのご家族がみんなを神様に「お任せします」ってゆだねることです。一番安心な神様に、ゆだねられるのです。そうやってそこで、みんなは神様からの贈り物としての祝福を受け取る人生に入るのですよ。
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 17:38| 主日説教要約