2016年09月30日

『日々の聖句』2016年9月

相模原教会カレンダー 9月
『日々の聖句』み言葉のパンで生きる365日

●その日のために選ばれたみ言葉が記されています。み言葉に導かれ、支えられ、励まされながら365日を過ごしてゆきたいと願っています。日々のみ言葉が、教会と家庭の生活をさらに豊かにしてくれるでしょう。(聖句の後に記された短い文は、牧師の黙想と祈りです)


●1. 木

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。     (ヨハ3・16)

(「世」の所に、いつも自分の名前を入れてみるんだ。そうしたら何の説明もいらず「ボクは愛されてる」って感じられるよ)


●2. 金 

今や、恵みの時、今こそ、救いの日。
    (2コリ6・2)

(御言葉は、悩み深い私の「今」に届く。「いつか将来」恵みが来るじゃなくて「今すぐだよ」と。それほど私のことを凝視して下さってるのだと知ったら、今日という日に希望が湧いた)


●3. 土 修養と親睦の集い(講師・小泉健先生)

奉仕をする人は、神がお与えになった力に応じて奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光をお受けになるためです。   (1ペト4・11)

(奉仕する力も戴ける。あ!戴き物を返すことが奉仕なんだ)


●4. 日(第1主日) 説教・西田恵一郎牧師
聖餐式
礼拝後・ヘルモン会、ぶどうの会 定例会


●5. 月

恵みと真理はイエス・キリストを通して現れた。    (ヨハ1・17)

(真の恵みも真理も、イエス様を見る時にだけ分かる。どれほど大きく深いかが。自己流に考えず、唯この方を見るべしだ)


●6. 火

十二人を呼び寄せ、二人ずつ組みにして遣わすことにされた。     (マコ6・7)

(弟子を伝道に派遣される主。その時、決して一人でさせなかった。人は一人では迷い、弱るから。私達の奉仕も同じだ)


●7. 水 pm7:00信徒による祈祷会

「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」      (ルカ5・24)

(中風の男に力強く「癒されよ、起き上がれ」と言い切られる。お言葉は、出来事となる力があるのだ。神の言葉だからだ)


●8. 木

無分別な者とならず、主の御心が何であるかを悟りなさい。      (エフェ5・17)

(無分別って、単に非理性的な事かと思っていたけど。御心を問わず、聞かぬ事だった。神から離れた所に分別もなし!)


●9. 金

一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。    (2コリ4・17)

(苦しくてもここを行こう。今、迷いが晴れたから。だって艱難の道の向こうにあるのは「永遠の栄光」。顔が上を向いたよ)


●10. 土

(イエスは)「何をしてほしいのか」と言われた。     (マタ20・32)

(「何をしてほしいのか」と問いかけられる時は、「私を見て下さっていたんだ」と気付く時。その瞬間、もう癒されている。)


●11. 日(第2主日) 説教・伊藤忠彦牧師
12:30 定例幹事会



●12. 月

主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われた。    (2コリ12・9)

(弱さは、主の力が入る器。自分の力瘤が入ってない空の器)


●13. 火

今日、あなたたちが神の声を聞くなら、神に反抗したときのように、心をかたくなにしてはならない。     (ヘブ3・15)

(今日が自分を変える日。「無理」、「後で」の言訳を捨てて)


●14. 水 pm7:00信徒による祈祷会

身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。    (マコ3・21)

(イエス様の話された真理も、成された御業も、人間に理解されない非常識だった。福音は、人間の常識の外に在るから)


●15. 木 pm7:00キリスト入門講座再開

だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。      (1コリ1・29)

(直前の箇所に「神は、無力な者を選ばれた」とあった。能力主義が瓦解する。神の目に留まるのは、神に戴くだけの者)


●16. 金 pm2:00信仰の書を読む会再開

キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。      (エフェ5・21)

(「あなたに仕える」ことは「神を畏れて仕える」という思いでなんて…そんなこと出来るの? それが、幸いへの秘訣らしい)


●17. 土

あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。
        (エフェ1・13)

(神から「我が宝」という証印を戴いたよ。私の受洗の日にも)


●18. 日(第3主日) 敬老の日を覚えて
   説教・辻川篤牧師

礼拝後・敬老愛餐会

●19. 月(祝・敬老の日)

自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。     (ルカ14・33)

(一切捨てるの?自分自身も捨てなきゃいけないの?そんなの無理!そう思ってる私は、一体何を握り占めてるんだろう)


●20. 火

「人を裁くな。」       (ルカ6・37)

(1日何回人を裁いているだろう。友人、夫、妻、子供、親、最愛の人まで、気付いたら裁いてる。主が嫌うことなのに。そこから逃れるには、赦して同時に愛すること以外に無し)


●21. 水 pm7:00信徒による祈祷会

イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。」         (マコ10・21)

(私に在る欠けも、主にはお見通し。一瞬突き放された感に緊張つつ、主の目を見て心緩んだ。慈しみに満ちてたから)


●22. 木(祝・秋分の日)(キリスト入門講座はお休み)

信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。          (ヘブ10・22)

(神に近付くのは、義務でも律法からでもない。私の心が、赤ちゃんのように100l無心に、慕わしく御父を求めるから)


●23. 金 pm2:00信仰の書を読む会

御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなたがたを招いておられます。           (1テサ2・12)

(神様がプレゼントされるのは、資格がある者とか相応しい者とかの線引きはない。そんなことしてくださるのは、この方以外にはおられない。)


●24. 土

「今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる。」        (ルカ6・21)

(私の涙を知っていて下さるイエス様。その主は、私が笑うのを願っても下さる。その日が来ることを、予告もして下さるよ)


●25. 日(第4主日) 説教・辻川篤牧師
礼拝後すぐ・祈り会



●26. 月

宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。 (ルカ2・7)

(主を身籠ったマリアを泊める者は一人もいないことに憤りを覚える。でも「宿屋」に、私の名が入ると悟って…胸が苦しい)


●27. 火

見よ、世の罪を取り除く神の小羊。      (ヨハ1・29)

(自分の罪に気付けた者だけが、それを取り除いて下さる「神の小羊」がとても魅力的に思えてくる。そうか、神の小羊を見ることは、自分の罪を見ることと重ねなきゃならんのだ)


●28. 水 pm7:00聖書の学びと祈祷会

悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。       (マコ10・22)

(主に従うと決めたのに、財産を天秤に掛けた若者。財産が無い私も、何かを天秤に掛けて、御元を去ってはいないか)


●29. 木 pm7:00キリスト入門講座

兄弟たち、物の判断については子供となってはいけません。       (1コリ14・20)

(自分は大人のつもり。アイツはいつも自己中心で子どもっぽい。…そんなこと思う私が、すでに子ども丸出しだよね)


●30. 金 pm2:00信仰の書を読む会

あなたがたは、自分の体がキリストの体の一部だとは知らないのか。      (1コリ6・15)

(本来聖い自分を汚すのは、私。立ち帰りたい、立ち帰ろう、本来聖い私という所に。震えるほど感謝して、そこで生きたい)

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