2020年02月16日

説教 『キリストが形づくられるまで』

2020年2月16日の礼拝
相模原教会協力牧師 西田恵一郎
ガラテヤの信徒への手紙4章8〜20節
4:8 ところで、あなたがたはかつて、神を知らずに、もともと神でない神々に奴隷として仕えていました。
4:9 しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。
4:10 あなたがたは、いろいろな日、月、時節、年などを守っています。
4:11 あなたがたのために苦労したのは、無駄になったのではなかったかと、あなたがたのことが心配です。
4:12 わたしもあなたがたのようになったのですから、あなたがたもわたしのようになってください。兄弟たち、お願いします。あなたがたは、わたしに何一つ不当な仕打ちをしませんでした。
4:13 知ってのとおり、この前わたしは、体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を告げ知らせました。
4:14 そして、わたしの身には、あなたがたにとって試練ともなるようなことがあったのに、さげすんだり、忌み嫌ったりせず、かえって、わたしを神の使いであるかのように、また、キリスト・イエスででもあるかのように、受け入れてくれました。
4:15 あなたがたが味わっていた幸福は、いったいどこへ行ってしまったのか。あなたがたのために証言しますが、あなたがたは、できることなら、自分の目をえぐり出してもわたしに与えようとしたのです。
4:16 すると、わたしは、真理を語ったために、あなたがたの敵となったのですか。
4:17 あの者たちがあなたがたに対して熱心になるのは、善意からではありません。かえって、自分たちに対して熱心にならせようとして、あなたがたを引き離したいのです。
4:18 わたしがあなたがたのもとにいる場合だけに限らず、いつでも、善意から熱心に慕われるのは、よいことです。
4:19 わたしの子供たち、キリストがあなたがたの内に形づくられるまで、わたしは、もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます。
4:20 できることなら、わたしは今あなたがたのもとに居合わせ、語調を変えて話したい。あなたがたのことで途方に暮れているからです。

 ガラテヤ人たちは、神の恵みにより「神の子」「神によって立てられた相続人」とされ、「世を支配する諸霊」による奴隷状態からも解放されました。しかし、彼らは逆戻りし、神によって授かった恵みある立場を放棄しかねない状態に陥っていました。「あきれ果て」(3章1節)たパウロは怒りと共に戒めてきましたが、ここでは彼の言葉は、もはや嘆願とも懇願とも捉えることができます。19節では遂に、この箇所でしか用いられていない「わたしの子供たち」と呼び、惑わす者たちから彼らを守ろうとするのです。惑わす者たちの熱心は、彼らの魂の救いのためでなく、私利私欲、野心野望のためでした。彼らが逆戻りせず、真理を見極めることができるようになるためには、「キリストが(彼らの)内に形づくられ」(4章19節)なければなりませんでした。「キリストと結ばれ、完全にキリストのものになる」あるいは「キリストの鋳型にはめられる」「キリストが刻印される」必要があったのです。そのために、パウロはもう一度産みの苦しみを味わっても構わないと言っているのです(4章19節)。それが神の心、聖霊の心です。パウロの中には一足先にその心が刻印されていたのです。彼の熱心は、彼の内にあった神(聖霊)の熱心だったのです。内におられる御霊が彼と共に「うめき」(ロマ8章26節)ながら、彼を執り成しつつ、彼と共に働いておられたのです。「罪人の頭」(Tテモテ1章15節)を自覚し、その罪が赦され、神の子・神の相続人とされ、御霊を賜るという恵みに浴した自分自身を思う時、その恵みから離れ、逆戻りするガラテヤ人を正さずにはおられなかったのです。私たちの周りには逆戻りさせる誘惑が溢れています。それらの誘惑を見極め、陥らないようになるにはキリストが内に形づくられなければならないのです。パウロが「語調を変えて話した」(4章20節)かったのは、このことだったのではないでしょうか。
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2020年2月16日の礼拝

礼拝説教「キリストが形づくられるまで」、ガラテヤの信徒への手紙4章8〜20節。西田恵一郎牧師(和泉短期大学チャプレン)。10、247、338。交読詩編32編1〜7節。
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