2019年07月21日

説教 『福音の真理がとどまるように』

2019年7月21日の礼拝
相模原教会協力牧師 西田恵一郎
ガラテヤの信徒への手紙2章1〜10節
その後十四年たってから、わたしはバルナバと一緒にエルサレムに再び上りました。その際、テトスも連れて行きました。エルサレムに上ったのは、啓示によるものでした。わたしは、自分が異邦人に宣べ伝えている福音について、人々に、とりわけ、おもだった人たちには個人的に話して、自分は無駄に走っているのではないか、あるいは走ったのではないかと意見を求めました。しかし、わたしと同行したテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を受けることを強制されませんでした。潜り込んで来た偽の兄弟たちがいたのに、強制されなかったのです。彼らは、わたしたちを奴隷にしようとして、わたしたちがキリスト・イエスによって得ている自由を付けねらい、こっそり入り込んで来たのでした。福音の真理が、あなたがたのもとにいつもとどまっているように、わたしたちは、片ときもそのような者たちに屈服して譲歩するようなことはしませんでした。おもだった人たちからも強制されませんでした。――この人たちがそもそもどんな人であったにせよ、それは、わたしにはどうでもよいことです。神は人を分け隔てなさいません。――実際、そのおもだった人たちは、わたしにどんな義務も負わせませんでした。それどころか、彼らは、ペトロには割礼を受けた人々に対する福音が任されたように、わたしには割礼を受けていない人々に対する福音が任されていることを知りました。割礼を受けた人々に対する使徒としての任務のためにペトロに働きかけた方は、異邦人に対する使徒としての任務のためにわたしにも働きかけられたのです。また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、わたしとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。それで、わたしたちは異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに行くことになったのです。ただ、わたしたちが貧しい人たちのことを忘れないようにとのことでしたが、これは、ちょうどわたしも心がけてきた点です。


 復活のイエスと出会い、回心したパウロはダマスコに導かれ、その後、アラビアに退き、再びダマスコに戻り、3年間宣教しました。そして、エルサレムでペトロとヤコブに会い、シリア、キリキア地方で伝道します。「その後、14年たってから」(2章1節)エルサレムへ赴きます。いわゆる第一回エルサレム会議です。目的は「無駄に走ったのではないか意見を求める」(2章2節)ためでした。意見を求めた目的は、彼の業績を認めてもらったり、教会のお墨付きを得るためではありませんでした。彼の語ってきた「福音」が、彼らのそれと同じかどうかを確認するためでした。確かに同じものでした。従って、ガラテヤでパウロを批判していた者たちはパウロの福音を真正と認めるしかなくなったのです。その他の会議の成果として、互いに受け入れ合い、交わりを持つ必要があること(2章9節)、伝道の責任分担が明確になったこと(2章9節)、貧しい人たちを覚えるという共通理解を得たこと(2章10節)が挙げられます。しかし、それらに先立つこととして忘れてならないのは、パウロの宣言に見るように、一人ひとりがまずイエス・キリストとの直接の関係をもっているかです。私たちの福音は「人を通して」(1章1節)でも「人によるもの」(1章11節)でもなく、キリストの啓示によるのです。それがなければ、福音は借り物に過ぎず、勉強によって得た知識の域を出ることがないでしょう。それでは、神からの「良きおとずれ」を神の言葉として語ることはできません。そうかと言って、個人の経験だけを絶対化してしまうと、自己を神格化することになりかねません。私たちが語り、また聞く福音がペトロやパウロが語った福音と、つまり聖書が語っているところの福音と寸分違わぬものであるかに心に留めなければなりません。そして、個々が置かれた所で、その福音を語り、聞き、それに生きる者でなければならないのです。
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2019年7月21日の礼拝

礼拝説教「福音の真理がとどまるように」ガラテヤの信徒への手紙2章1〜10節、西田恵一郎牧師(和泉短期大学チャプレン)。讃美歌14、218、270。交読詩編35編1〜10節。
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