2018年12月24日

2018クリスマス諸行事

相模原教会の12月クリスマス諸行事の案内です。
お誘い合わせの上、どうぞどなたでもお越しください。
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クリスマス礼拝説教 『一緒に登録するため』

2018年12月23日の礼拝
相模原教会牧師 辻川篤
ルカによる福音書2章1〜7節
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

 ヨセフが臨月になっているマリアと一緒に、ナザレの村から旅を始めました。でもマリアは長旅など危険なのです。それなのになぜ2人は、実家を離れるような行動に出たのか。彼らは神の使いから「聖霊によって身ごもる」と聞いて、激しく悩んで、やっと委ねたけれど、そんなことを分かってくれる人は周りにいるはずもありません。自分の常識で人を裁く人たち追われ、実家を離れるしかなかったのです。

 そういう旅路を、どんな思いで歩いたのかと思います。2人ともそれぞれに「神の恵みが実現するはずなのに、奇跡なんか何も起こっていない。御言葉を受け取ったはずなのに、まるで地べたに這いつくばっているのが現実。神様、なぜなのですか」と、心の中で消えない叫びが渦巻いていただろうと思えてなりません。その2人の旅を見詰めるように、「身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。」と伝えていました。この「身ごもっていた」とは、原文では「子どもと一緒であったマリア」という意味なのです。つまり、2人きりの歩みではなかったのだということ。お腹にイエス様が一緒に居て下さった旅だったということなのです。それはまた、マリアとヨセフは、救い主イエス様をベツレヘムへお連れしたということです。

 私どもが「神様に従うと決めた私が、それなのに何故この重荷があるのですか」と問うのなら、それは神の恵みから遠くにいるようにしか思えない日々なのかも知れません。でも神様は、そこを救い主が共に居る場所として選んだのだよと、今朝告げているのです。トボトボと歩む現実の只中に、あなたのお腹の中にと言うほどに近く、救い主が一緒に居られるのだよと。さらにそのあなたによって、御心は実現して行くのだと。奇跡が起こるわけじゃない。ハッキリ神の御心が見えている訳じゃない。でもそこにも神の計画は進んでいるのです。御業が私どもの中に起こっているのです。
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