2018年04月02日

イースター礼拝説教 『わたしの神よ』

2018年4月1日 イースター礼拝
相模原教会牧師 辻川篤
ヨハネによる福音書20章24〜29節
十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」


 主イエスが甦らされた日、弟子たちがこもっていた部屋に御姿を現して下さいました。しかしそこにトマスは居合わせていなかったのです。戻って来た彼に、弟子たちが主の御復活を伝えます。でもトマスは一緒に喜ぶどころか、「なぜ私が居なかった時に…」と不満になる。それは不快な思いとなり、とうとうその憤懣が言葉となって外に出てしまったのです「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、またこの手を、そのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と。弟子であるなら目を背けたいはずのイエス様の御傷に、トマスは自分の指でこじ開けてみなければ決して信じない、と言ったのです。その瞬間、弟子たちの間に一瞬、緊張が走ったでしょう。

 そして8日経ちました。再びご復活の主が現れて下さり、トマスに語りかけ始めます。その言葉は、あのトマスの言葉を、まるでそのままなぞるような言葉でした、「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい」と。トマスが「わたしの指を、わたしの手を」と叫んだあの言葉を、イエス様は「あなたの指を、あなたの手を」と、そのままなぞられたのです。それは、トマスが「わたしの指を、わたしの手を」と叫んだ“あの場面”が、イエス様には「トマスよ、あれはお前の弱さが詰まった場所だったのだね」と、分かっておられたということではありませんか。トマスは、自分の思い通りにならなかったから、苛立ったのです。自分が一番慕ったはずなのに、その自分が認められなくて憤ったのです。そこではもう、主に委ねるなんて出来ない。自分で自分を守るしかないと、必死になって自分を守る鎧を着こんでいた。そしてそこで、彼は、信仰をも失っていたのです。そこで最も弱い姿になっていた。

 しかしイエス様は、そのトマスの弱い信仰のままで、彼をすっぽりと、言葉をもって覆って下さったのです。それは、トマスを赦すということでした。そこでトマスは気付かされて行くのです「弱さの中に立っていたのは私自身だった。その私に、かつて一緒に過ごしたあの日々のイエス様が、いま立っておられる。ここにおられるのは、甦られたイエス様、それ以外ではない」と。

 トマスはそこでようやく、イエス様に告げたかった“本当の思い”を告げることが出来たのです、28節、「わたしの主、わたしの神よ」と。それはそのまま彼の信仰告白の言葉でありました。

 甦られた主は、私どもの前にも立っていて下さいます。その甦りの主に、私どもも申し上げようではないですか「わたしの主、わたしの神よ」と。
posted by 相模原教会ウェブページ管理委員会 at 09:50| 主日説教要約